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マヤのカレンダー

マヤの人々は天体観測に優れ、非常に精密な暦を持っていた。一つは、一周期を260日とするツォルキンと呼ばれるカレンダーで、宗教的、儀礼的な役割を果たしていた。もう一つは、一年を365日とするハアブと呼ばれる太陽暦のカレンダーである。約52年で、ツォルキン暦とハアブ暦の組み合わせが一巡する。これをカレンダー・ラウンドという。紀元前3114年に置かれた基準日からの経過日数で表わされた、長期暦(ロング=カウント;Long Count)と呼ばれるカレンダーもあった。石碑、記念碑、王墓の壁画などに描かれていて、年代決定の良い史料となっている。この暦は次のように構成されている。

キン(1日)
ウィナル(20キン)
トゥン(18ウィナル、360キン)
カトゥン(20トゥン、7200キン)
バクトゥン(20カトゥン、144000キン)
ハアブ暦の閏については、そのずれを調整しなかったが、新月が全く同じ月日にあらわれるメトン周期(6939.6日)を把握していたことが、ドレスデン・コデックスやコパンの石碑に19.5.0.すなわち360×19トゥン+20×5ウィナル=6940キン(日)の間隔を記載することによって実際には季節のずれを認識していた可能性やパレンケの太陽の神殿、十字架の神殿、葉の十字架の神殿の彫刻に長期暦の紀元の記載とハアブ暦と実際の1年の値である365.2422日との差が最大になる1.18.5.0.0.(長期暦の紀元から約755年経過した時点)の記載があり、これもマヤ人が1年を365日とした場合の季節のずれを認識していた証拠とも考えられる(青木1984,pp.137-8)。
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では、マヤの人々は一年を何日と考えていたのだろうか。かっては、現在通用しているグレゴリオ暦の365.2425日(400年間に97日の閏日)よりも真値に近い、365.2420日がその答えとされていた。これは、化学工学技術者のジョン・E・ティープルが1930年代に唱えた決定値理論と呼ばれる説で、アメリカのマヤ学の権威とされたエリック・トンプソンが認めたため、現在でも流布している説である(八杉1982,pp.31-2,コウ/増田、武井・徳江訳2003,pp.187-192,p.254)がその誤りが判明している。実際に残されていた記録を探ると365.2421日(3845年間に931日の閏日)、365.2417日(3898年間に942日の閏日)といった日数が算出され、マヤの人々が得ていた日数は必ずしも精度が高いとは言えないようである(小池1996)。

なおニューエイジ関連の書物ではマヤの長期暦は2012年の冬至付近で終わるとされ、その日を終末論と絡めた形でホピ族の預言が成就する、フォトンベルトに突入する時期としているものが多い(2012年人類滅亡説)。しかしフォトンベルトの存在は皆無に等しく、フォトンベルト関係の予言は非常に信憑性にかけた予言であり、マヤ文明の研究家たちもこれを否定している者が多い。

木晴夫『マヤ文明の謎』(講談社現代新書)1984年 ISBN 4-06-145757-8
コウ,M.D./増田義郎監修,武井摩利・徳江佐和子訳
『マヤ文字解読』創元社,2003年 ISBN 4-422-20226-X
サイモン=マーティン,ニコライ=グルーベ/中村誠一監修,長谷川悦夫・徳江佐和子他訳
『古代マヤ王歴代誌』創元社,2002年ISBN 4422215175
八杉佳穂『マヤ文字を解く』中央公論社/中公新書,1982年 ISBN 4-12-100644-5
石田英一郎『マヤ文明 世界史に残る謎』中公新書,1966年 <著作集全8巻>で筑摩書房

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2009年06月21日 16:30に投稿されたエントリーのページです。

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